韓国ドラマ「武士ペク・ドンス」


画像


「武士ぺく・ドンス」見終わりました。

「イサン」では、おまけのように登場した変わった武芸人だったペク・ドンス

ここでは、朝鮮一の武士、イサンの護衛として立派に描かれています。


あらすじは・・

ときは朝鮮王朝第21代王・英祖(ヨンジョ)の時代。
英祖の息子、思悼世子(サドセジャ)の側近ペク・サグェンは、世子の身代わりとなり謀反の罪で捕えられてしまう。サグェンの友人で朝鮮一の剣士キム・グァンテクは彼を救おうとするが、あえなくサグェンは処刑されてしまう。
その後、追手を逃れたサグェンの妻は腕と足に障害を持った男児、ドンスを産み落とし間もなく息を引き取る。罪人の息子であるドンスも追手に捕われるが、グァンテクは自分の腕を切り落とすことを条件にその命を救う。
その後ドンスはグァンテクの弟分フクサモの手で育てられることに。

一方、“殺星(人を殺めてしまう不吉な星)”のもとに生まれたヨ・ウンは、「黒沙燈籠(フクサチョロン)」の天(チョン)に出会い、刺客として成長していく。


マンガが原作だそうで、明朗快活時代劇ってところでしょうか。

何と言っても、主人公二人

ペク・ドンス(チ・チャンウク)と、ヨン・ウン(ユ・スンホ)

お気に入りはどっちか?

私は、チ・チャンウクでした!

画像



画像


時代劇でも若者いっぱい!

楽しく見られます。


人物相関図

オジサンもいっぱい!(笑)


画像
 

画像
 

        この二人は、ドンスとウンの師ですが、

        長年のライバルそして恋敵

        オジサンたちの恋が真剣にかかれてました。(笑)

        でも、チェ・ミンスってこういう役合ってますよね。










ペク・ドンスの歴史的紹介文

漢字が多くてわかりずらい?(笑)

生涯 [編集]1743年に誕生したが、祖父が庶子の身分であったため、身分上では低い立場にあった。金体乾の息子で、「剣仙」の異名を持つ金光澤に師事して剣術を修めた他、道家や伝統的内丹術、万一に備えて医術も学んだ。

青年期は学問よりも武術に熱中したが、幸いにも朴趾源、李徳懋などが友人として周囲にいた。壮年期には学問に志を置くようになり、朴趾源や成大中から、「武として文を成し遂げた」との評価を受けた。

武官となる [編集]1771(英祖47)年、式年試の丙科武科に合格したが、身分上の理由や粛宗時代以降から頻繁に行われるようになった萬科の影響による人材過多のため、朝廷は官職不足状態であった。その中で官職を得る事ができなかったため、1773(英祖49)年、貧困を理由に家族とともに漢城を離れて江原道基麟峽(現江原道麟蹄)に行き、そこで農業や牧畜をして暮らした。

落魄の時代を経て1776年、正祖が即位した年に正九品・副司勇に任命され[2]、1787(正祖11)年集春営の哨官に就任。翌1788(正祖12)年御営庁(資金護衛軍)哨官に就任した。

1789(正祖13)年、分守門将に任命された後、荘勇営(장용영)哨官を経て4月より、新しい武芸書を編纂せよとの正祖の命令により、検書官であった李徳懋や朴斉家とともに武芸図譜通志の編纂に参加するようになった。武芸図譜通志は翌1790年に完成した[1]が、この年には副司直を経て、6月3日より訓練主簿に任命されている。翌1791(正祖15)年には訓練判官に、さらにその翌年の1792(正祖16)年には忠清道庇仁県(現舒川郡)の県監(地方官のひとつ)を務めた。

1795(正祖19)年、恵慶宮洪氏の周甲誕辰(生誕60周年)を祝って正祖が宮中で開催した進饌(宮中宴享、宮中で行われる舞踊や音楽を中心とした会)の際に荘勇営哨官に復帰、訓練僉正に就任した。翌1796(正祖20)年には長興庫(紙や紙製品を取り扱う部署)の主簿に任命された。

1802(純祖2)年には平安道博川(現博川郡の一部)の群守(地方官のひとつ、県監より上)に任命され、合わせて把総(武官の位階のひとつ)となった[3]。

晩年 [編集]1806(純祖)年、当時の領議政であった李秉模が、関西地方(관서 지방)において汚職があった事を挙げ、白東脩を遠方へ定配(地方に流した上、その地方で監視下におかれた状態で生活する罰)にするよう進言した。純祖はこれに応じ、白東脩は慶尚道丹城県に定配されたが、後に許されて1810(純祖10)年には軍器副正に任命されている。

1816(純祖16)年、74歳で死去した。

家族 [編集]辛壬士禍(신임사화)に関与して拷問の末に生命を落とした[4]贈戸曹判書、忠荘公白時耉(はく じこう、ペク・シグ、1649年 - 1722年)の曾孫であり、白尚華(はく しょうか、ペク・サンファ)の孫にあたる。父は折衝将軍で行龍驤衛副護軍でもあった白師宏(はく しこう、ペク・サグェン、1721年 - 1792年[5])であり、李徳懋は義理のおじ(白師宏の姉妹の夫)にあたる。




晩年あたりから、安東金氏の勢力がのび次第に朝鮮王朝末期になっていくようですが、

スンホンの「Dr.JIN」の舞台は、はまさにそこです!!









ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 10

なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた 驚いた
ナイス ナイス ナイス
ガッツ(がんばれ!)

この記事へのコメント